
2025年の秋の訪れを感じる季節に、私は日本の精神の本質を探求したいと思いながら、須磨にある大学の職員宿舎での生活をゆっくりと始めました。ある日の午後、三宮の街中の書店で鈴木 延雄氏の『わび・さび』という一冊を手に取り、「Grateful’s」という名の海辺のカフェで読み始めました。本はどこでも読めますが、日本の哲学をその土地で読むことで、不完全さを自然なものとして受け入れるという、この質素な生き方のより深い意味を理解することができました。その考え方は次第に私の世界観に染み込み、この一か月間、日本社会や文化を観察し理解する際の指針となりました。
すべてを丁寧に手配してくださった野口和美先生と奥野さんのおかげで、私は神戸女子大学の図書館4階に心安らぐ居場所を見つけることができました。毎朝夕、正門を通り、図書館の入口を通り、研究室へ向かう道のりは、私にとって歩く瞑想のような時間でした。そのたびに「わび・さび」の思想が心に浮かび、物事や人をあるがままに受け入れることの大切さを思い出させてくれました。警備員の方々、図書館職員、教職員、学生、皆がそれぞれ複雑な人生の連なりの中で懸命に生きています。「おはよう」「こんにちは」「ありがとうございます」「さようなら」といった短い挨拶や何気ない仕草の中に、日常に織り込まれた優しさがあることに気づかされました。

バスや電車の中では、多くの高齢者の方々が驚くほどの力強さで立ち、移動している姿を目にしました。なぜあの年齢であれほどたくましく、若者に助けを求めることもほとんどないのだろうと、私はよく考えました。ここでも「わび・さび」が思い起こされました。日本の人々は、人生の困難に適応する中で、忍耐と強さを体現しているのです。阪神・淡路大震災記念館を訪れたことで、その理解はさらに深まりました。1995年の震災は計り知れない破壊力をもたらしましたが、それ以上に大きな力は、街を再建し、より強くした人々そのものでした。地震はいつ再び起こるかわからないという現実と共に生きながらも、彼らは無常さや不確実さ、不完全さに屈することはありません。ただ、何度でも立ち上がり、生き続けているのです。
滞在の最終週に至るまで、日本の精神は私に多くのことを教えてくれました。垂水にある非営利団体「Present Garden To」を訪問するという忘れがたい機会を得ました。特別な支援を必要とする人々を支えることが、どれほど困難なことか――それは、園芸や料理、音楽を通して、彼らが自分自身を愛することを学んでいく姿を目の当たりにして、初めて実感できました。スタッフの方々は、自身のうつや孤立の経験から出発し、その対処法を他者と分かち合っていました。彼らは共に旅をし、学び、何度も学び直しながら成長していたのです。その共感に満ちたつながりが、変化を可能にしていました。この分野を研究する者として、私は感動のあまり涙を抑えることができませんでした。私自身も園芸に参加させてほしいとお願いし、この希望に満ちた「共進化」を体感したいと思いました。彼らの仕事を通して語られる心は、日本社会に根付く「わび・さび」を最も明確に示していました。人は種のように成長する。誰一人として完璧ではない。大切なのは、それを受け入れ、前に進み続けることなのです。
この日本的世界観は、私が取り組んでいる共感的政策デザインの研究とも深く重なります。社会的に不利な立場にある人々のための政策を設計する際、頭だけでなく心も使うことの重要性を教えてくれます。長期的な幸福を保証することはできませんが、社会正義を追求する中で、試み続け、改善し続ける責任があります。政策デザインは、癒しと同じく、硬直した手続きではなく、マインドフルな旅なのです。私の最新の著書(パルグレイブ・マクミラン社)をもとにした特別講義の最後に、学生から「発展途上国でのボランティアを希望する場合、何をすべきでしょうか」との質問がありました。なんと素晴らしい質問でしょう。これほど思いやりのある質問をする人を育てる街とは、どのような街なのだろうと思いました。
最後の学びは、心の健康促進を目的とした社会的処方の取り組みについて、養父市役所の担当者の方々にインタビューしたことから得られました。この経験は、日本社会が互いを思いやり、足りない部分を補い合うことの上に成り立っているという確信を、改めて私に与えてくれました。ある職員の方の言葉が印象的でした。「私たちは、誰かにとっての“薬”になれるのです。」それは美しい言葉であるだけでなく、深い哲学的意味を持っています。

これらすべての学びを通して、私たちは皆、どこか壊れた部分を抱えながらも、兵庫は癒しのための安全な場所になり得るのだと気づきました。親切な人々、強い社会的つながり、豊かな文化、穏やかな環境、そして復興の歴史――それらすべてが、「私たちは常に生成の途中にある」という「わび・さび」の核心を教えてくれます。私たち自身も、他者も、そして世界も、不完全で、未完成で、移ろいやすい存在です。幸福や安全には確実性が必要だという考えにしがみつくよりも、今あるものに感謝することの方が大切なのだと、私は学びました。
最終日には六甲山を訪れ、芸術が自然に溶け込む風景を味わいました。ロープウェイに身を委ね、神戸布引ハーブ園へと向かいました。最後の夕食には、刺身を四皿いただきました。とても質素な食事でしたが、ここで過ごせたことへの感謝と、日が沈む最後の瞬間までの一つひとつの時間への敬意を、静かに表してくれました。