HUMAP  兵庫・アジア太平洋大学間ネットワーク Hyogo University Mobility in Asia and the Pacific

2018年年度『派遣』

  • 氏名:清水 就斗 [ 日本 ]

  • 受入期間:2018年08月21日 ~ 2019年05月11日
  • 受入大学:セントマーチンズ大学
  • 在籍大学:芦屋大学


留学のきっかけ、目的

 私は今留学を希望しています。なぜなら幼い頃から英語の教師になるという夢があるからです。私の住んでいる地区は外国から移住してきた家庭が多く、日本語もわからないまま小学校に通い、友達が苦労している姿を目の当たりにしました。食べ物、文化の違いからいじめに合う友達もたくさん見ました。英語を話せたらもっとコミュニケーションをとることができたのにと思うようになりました。その頃から留学したいという思いがつよくなり、外国の映画や歌を聞き、生活に英語を取り入れるように努力してきましたが、日本にいると、思っているような英語の勉強ができず、大学に入学して教師の勉強をしながら、留学するタイミングを模索していました。大学2回生の今が一番良い時期だと思い、決意しました。 

留学中の体験

 クリスマス前に教会に行きました。初めてのことだったので緊張しましたが、教徒の人たちの神に捧げる歌を聴いていると緊張もほぐれ、自分も歌を口ずさんでいました。日本では行く機会がなかったので良い経験になりました。
 クリスマスイブは家族が集まりパーティーが開かれました。みんなで食事をした後、クリスマスツリーの下にあるプレゼントを分け合いました。全ておもちゃと文房具でした。こんなにたくさん貰ったのは初めてだったので興奮しました。また、日本でも同じようにやりたいと思いました。アメリカの夫婦はクリスマスイブの夜に、クリスマスツリーの下で寝るという文化があって驚きました。さまざまな習慣や文化に接することができて良かったです。

留学の成果、将来の目標

 私はSaint Martin's UniversityのESLで英語を学びました。8月から始まるクラスはレベルが3つに分かれており、私はレベル2のクラスになりました。初めは何を話されているのか分かりませんでしたが、先生方は私が理解できるまで教えてくださいました。英語力向上のため、自らアポイントを取り、分からない所を聞き、理解を深めていきました。また、分からない所がない時も先生にアポイントを取り、ネイティブとの会話の機会を増やす事に努めました。レベル2のGrammar and Writingの授業は接続詞から学びました。2か月たった頃から授業に慣れ始めていきましたが、それと同時に宿題の量が増え、授業の難易度も上がっていきました。私には、親切なルームメイトやたくさんの友達がいたので困った時は何度も助けてもらい、前期が終わる頃には分かり易い英語を話す人の英語は理解できるようになりました。大学にはイベントがたくさんあり、私はそれらのイベントに積極的に参加しました。その中にあったConversation Partnerを紹介してもらう制度で2人のパートナーを紹介して頂きました。彼らは会話能力向上の手伝いだけでなく、プライベートでも仲良くしてくれて、私がどこかに行きたいと話すと時間を作ってくれました。主に晩御飯を一緒に取ることが多く、春休みには有名な滝やWashington State Capitalに車で連れて行ってくれることもありました。
 前期が終わり、ホストファミリーの家に1週間お世話になりました。ホストファミリーにはアメリカの文化をたくさん教わりました。特にクリスマスの日本とアメリカの文化の違いを学ぶことができました。クリスマスイヴにホストファミリーの親族と友達が集まり晩御飯を一緒に食べました。日本では友達や恋人と過ごす日というイメージがありますが、アメリカではクリスマスは家族と過ごす日であり、日本の正月のようだと感じました。日が変わり、クリスマスの朝にホストファザーがサンタクロースが来たと私を起こしに来ました。プレゼントはおもちゃでした。その日の晩御飯もとても豪華で、全て片付けた後、またホストファミリーからたくさんおプレゼントを戴きました。私は本場のクリスマスを体験することができて感激しました。学期間の休みは1か月あったので、残りの休暇を利用してアラスカ、NY、ラスベガス、LAへ旅行に行き、更なるアメリカの想い出を作りました。
 後期が始まり、私はレベル3に上がりました。この4か月は人生の中で一番苦労した時間でした。ボランティアへの参加とプレゼンテーションが何度も繰り返しあり、とても大変でした。ボランティアはFood Bank, Children Museum, Gardenがありました。私は合計23時間のボランティアに参加しました。Food BankとはFree Foodのことです。そこで1人の女性に出会いました。その女性は私が派遣されたグループのリーダーでした。最初、私が話し掛けても全く相手にしてくれませんでしたが、指示される前に行動し、的確な判断で仕事をこなしていく内に彼女の態度は変わりました。最後には、最初は危ないからと絶対に貸してくれなかったナイフを「君を信じる」と言って貸して下さいました。日本とは違い実力があれば認めてもらえるというアメリカの文化を経験することができました。私はこの留学で言語のみならず、文化・人間力・思いやりなどたくさんの経験をすることができました。